「建築とまちのぐるぐる資本論」取材10

生物多様性とともに豊かに生きる──地主による変革の起点

石井光(聞き手:連勇太朗)

本特集連載2年目の取材は、神奈川県・辻堂から始めます。

1990年生まれの地主である石井光さんが、「ちっちゃい辻堂」というプロジェクトを通して土壌や生き物、小さなコミュニティによるエリアの変革を構想中だ。100年後のまちの風景や、資本主義と切っても切れない関係にある気候変動問題にまで議論が及んだ。

ちっちゃい辻堂。「微生物舗装」と豊かな緑によるコモンスペース。

Fig. 1: ちっちゃい辻堂。「微生物舗装」と豊かな緑によるコモンスペース。

土地の微生物から考えた理想の風景の最小単位

連勇太朗(以下、連):

この連載では、資本主義のなかで建築やまちを変質させる大きな要因であるお金の動きだけではなく、様々な事物や人の関わり合いが循環していくことの可能性や実践についても探求しています。そうした意味で、「ちっちゃい辻堂」は是非訪ねてみたい場所でした。まずはプロジェクトの概要から教えてください。

石井光(以下、石井):

歴史を遡ると、JR辻堂駅と相模湾の間にあるこのあたりは、辻堂17氏族と呼ばれる人たちによって辻堂村が始まったところで、石井家はそのひとつでした。私が13代目となる石井家もその流れにありますが、分家などの結果、既にどこが本家かはわからなくなっています。周囲には、うちと同じような中小規模の地主さんの家がおそらく60ほどあります。

ちっちゃい辻堂を一言で言えば、大家含む9世帯の集まりで、100年先にこうなっていてほしいという辻堂の風景を最小単位で具現化した場所です。畑、果樹、雨水タンク、井戸、薪棚、コンポスト、テントサウナなどがあって、鶏も4羽飼っています。土地の広さは母屋の部分を合わせて約800坪で、コーポラティブハウスやコレクティブハウスなどの既存の枠組みでは表現できない暮らしがあります。

田畑の仕事をみなで行っていたような、かつての農村共同体が考え方のベースになっています。ひとりでできないことを行う手段としてのコミュニティをゆるやかに維持し、土地の生態系を回復させていきたいと思っています。

僕はここから車で10分ほどのところでコミュニティ農園「EdiblePark茅ヶ崎」の代表をやっていますが、6年半前に10家族でスタートして、今は30家族に増えています。区分けせずに、毎週土曜日に集まって共同作業をして収穫を分け合うかたちで、人によっては参加できない週がありながらもずっと続けることができています。大親友でも毎週1回の集まりを長年続けるのは難しいと思いますが、畑仕事があることで関係性がゆっくり積み重ねられていきます。

そうした経験を暮らしの場にも活かすべく、海水を炊いて塩をつくる塩炊きをやったり、「微生物舗装」と呼んでいる地面のワークショップをしたり、食事会、鶏の世話、庭仕事、畑など、住人同士が会ったり話したりする機会があります。どれも強制的なものではありません。

Fig. 2: 建物同士の間にあった塀が取り払われ、時に鶏が放し飼いされる。鶏小屋は移動可能。
Fig. 3: 建物同士の間にあった塀が取り払われ、時に鶏が放し飼いされる。鶏小屋は移動可能。

Fig. 2・3: 建物同士の間にあった塀が取り払われ、時に鶏が放し飼いされる。鶏小屋は移動可能。

連:

昨晩から今朝にかけて雨が降っていましたが、微生物舗装はぬかるみもなく、歩くと柔らかくて気持ちがいいですね。どのようにつくっているのでしょうか。

石井:

材料は、微生物の餌になる落ち葉、住処としての竹炭と籾殻燻炭などを使います。表層はウッドチップで柔らかいですが、車が載っても沈下しないような工夫もしてあります。

極力この地域のものを使っていて、フレコンバッグ10袋ほどの落ち葉を街路樹や公園からかき集め、知り合いと僕の田んぼから藁を持ってきて6割ほど自給しました。藤沢市北部の竹林を整備しているので、竹炭を2,000リットルほどつくりました。籾殻燻炭は、朝に火を入れてから深夜までかかって大変でしたが、約3割を自給しました。ウッドチップは地元の産廃業者さんから仕入れています。菌糸のネットワークが張り巡らされているので、雨の後にはキノコが生えてきます。

この微生物舗装は、ちっちゃい辻堂のランドスケープデザイナーで、「クロマツプロジェクト」代表の岡部真久さんによって考案されたもので、敷地の雨水は少しも下水に流さず、大地へ浸透させています。森が雨を大地へ浸透させる仕組みを調べ、住居に降った雨を集めてすべて微生物舗装へと浸透させています。

落ち葉、藁、竹など、人間がゴミ扱いしているものを再資源化することで、地表の微生物が多様になります。さらに、炭は炭素固定になり、周囲の竹林が整備されます。雨水が浸透するので水害を減らすことにもつながり、樹木は根を伸ばすことができますし、何よりも緑に囲まれて暮らしているので、いつも快適です。

敷地内に100本以上の樹木が植わっていますが、それらも横浜市のテーマパーク計画地の造成の際に伐採される予定のものをレスキューしてきました。

Fig. 4: 敷地には豊かな緑が広がっている。
Fig. 5: 敷地には豊かな緑が広がっている。
Fig. 6: 敷地には豊かな緑が広がっている。
Fig. 7: 敷地には豊かな緑が広がっている。

Fig. 4・5・6・7: 敷地には豊かな緑が広がっている。

連:

敷地内の建物の構成を教えてください。また、特に工夫した点はどのあたりでしょうか。

石井:

母屋、3軒長屋が1棟、戸建てが1棟、新築の平屋3棟と2階建て1棟があり、母屋以外はすべて賃貸です。あと他に、築60年ほどの平屋をDIYでリノベーションしたコモンハウス「shareliving 縁と緑」もあります。

新築の4棟は、株式会社ビオフォルム環境デザイン室による設計で2023年6月に完成しました。主に神奈川県産の無垢材を使っていて、玄関とつながった土間キッチンが4棟中央のコモンスペースに面したプランです。キッチンからは外が、コモンスペースからは家の中が垣間見えて相互の様子がなんとなくわかったり、土間は人を招きやすくなっています。

配置については、基本設計の段階から建築設計者とランドスケープデザイナーと僕の三者で話し合ってきました。敷地が接している道は行き止まりになっているため、プライベートからコモン、コモンからパブリック、小さな生活道路から大きな道路へというグラデーションになっています。

新築の4棟には、夏は夜の涼しい外気、冬は屋根裏の暖気をファンで床下に回す「びおソーラー」を入れて、暖房エネルギーへの依存度を減らしています。

ちっちゃい辻堂全体としても、微生物舗装によって地面が常に適度に湿っていて、木陰が沢山あるので、暑い夏でもとても快適です。

Fig. 8: 新築の平屋棟(設計:ビオフォルム環境デザイン室)。コモンスペースに向けて土間キッチンや開口が設けられている。

Fig. 8: 新築の平屋棟(設計:ビオフォルム環境デザイン室)。コモンスペースに向けて土間キッチンや開口が設けられている。

Fig. 9: 自転車置き場とその奥に駐車場。間には共有の井戸がある。

Fig. 9: 自転車置き場とその奥に駐車場。間には共有の井戸がある。

Fig. 10: コモンハウス「shareliving 縁と緑」。食事会や様々なイベントが行われる。

Fig. 10: コモンハウス「shareliving 縁と緑」。食事会や様々なイベントが行われる。

連:

生態系を何らかのかたちで創造しようとする際、スケールについてはどう考えたら良いのでしょうか。ちっちゃい辻堂よりもさらに小さな土地からでも始められることなのでしょうか。

石井:

生態学の知見から言えば、生態系にはスケールメリットがあります。あまりに狭いと、そこでは生きられない生き物もいます。例えば、うちの敷地にはヘビがいますが、ヘビが生きていくにはある程度の広さが必要です。80年ほど前、うちにはフクロウが巣をつくっていたそうですが、フクロウのような生態系の上位の生き物がいたというのは、それだけ近辺に生物多様性があったことの証左です。一定の緑のボリュームがまち中に点在し、それによって、生態系上位の鳥や行動範囲の広い生き物も存在できるというのが理想ですね。

学術的に調べたわけではないのですが、新築を建てて微生物舗装を施し、多くの植物を植えた後の方が、以前よりも見られる鳥の種類が増えたという実感があります。木々が入って気持ちいい空間になったことや、僕自身が鶏や畑の世話のために外へ出る機会が増えたことで出会う確率が上がったことも関係していると思います。それは僕たちの幸福度にもつながっています。

Fig. 11: コモンハウス「shareliving 縁と緑」にて。石井光さん(右)と連勇太朗さん(左)。

Fig. 11: コモンハウス「shareliving 縁と緑」にて。石井光さん(右)と連勇太朗さん(左)。

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公開日:2024年06月26日